
右と左から交わる白と黒の鳥がいつの間にか入れ替わっていく、
上から流れ落ちている水がまた上に登っていく、
手を描いている手が、その手に描かれている…。
そんな、だまし絵で有名なエッシャーですが、
その作品のほとんどが版画で制作されていることを今回初めて知りました。
一見、まったく架空の想像上の世界を描いているように見えるものも、
細部に注目すると、実際の風景や動物、植物といった実物をそのまま写し取り、
配置を変えただけといった作品もあり、新鮮な驚きでした。
今回のエッシャー展は、版画の先生から教えて戴いたということもあり、
特に木版画の作品に注目して鑑賞してきました。
木版画は、写生した対象物を簡略化しデザイン化していきます。
エッシャーの作品は、対象物を描くための直線の活かし方が、
とても美しくて素敵だと思いました。
たまたまその日の夜、友人と会った時にエッシャーの話をしたら、
彼女はエッシャーが苦手だと言っていました。
その気持ちもわからないわけではありません。
エッシャーが描いた作品をみていると、
いつしか対象物に入り込み、囚われ、
抜け出せなくなるような危うい気持ちになることがあるからです。
でも、作品を創る過程の習作などを見ると、
まるで数学者のような緻密な計算を用い、
遠近法や鏡面感覚などをつかってみるものを騙す作品づくりは、
子供の心そのままで、
楽しみながら作っているようにも感じました。
また、作品とともにエッシャー自身の短い言葉が配置されていました。
その中で特に印象に残った言葉は、
「私は、小さな小さなものに喜びを感じたい、
例えば、岩の上に生えた2センチほどの苔に。
そして、私がここで試みているのはーもう長く願ってきたことなのだがー
この無意味なものをできるだけ克明に写し取り、
それがいかに大きなものか理解することなのだ」
エッシャーはその作品の中で、
目に見えるもの、見えないもの、大きなもの、小さなもの、
当たり前に思っていること、ありえないこと、
そんな日常の些細な一つ一つを、
もっと丁寧に真剣に、遊び心をもって見なさいと言っているようでした。
【ほし太の日向ぼっこ】