「52ヘルツのクジラ」とは、
他のクジラとは声の周波数が違うため、
いくら大声をあげたとしても、
他の仲間のクジラにその声が届かない世界一孤独なクジラのこと。
世界で一頭だけというその存在は確認されているものの、
姿を見たものはいないと言われている。
冒頭は訳ありの若い女性貴湖(きこ)が、
大分の田舎の一軒家に引っ越してきたところから始まります。
彼女は全ての人間関係を断ち切り、
一人でこの地で生きていくことを選んだけれど、
周囲からの無遠慮な視線や中傷で息苦しさを感じていた時、
言葉を発することのできない一人の少年と出会います。
そこから次第に貴湖自身の過ごしてきた過去も明らかになっていきます。
親から長年虐待を受け束縛され続け、さらに心に深い傷を受けた貴湖が、
死ぬつもりで街中を彷徨いながら、
それでも気づいてほしいと声なき声をあげていた時、
唯一その声を聞き取ってくれた恩人のアンさんと偶然出会います。
助けを受けてようやくそこから逃げ出すことができた彼女に、
「いつか魂の番(つがい)となる人と出会えるよ」というアンさんの言葉は、
安らぎと癒しを与えます。
けれどようやく出会えたと思った魂の番からまたしてもひどい裏切りを受け、
大切なアンさんまで失ってしまいます。
少年に自分と同じような境遇を感じた貴湖は、
何とかその子を救い出そうとする中で自分自身の心の傷も癒していく。
シングルマザー、児童虐待、トランスジェンダー、ドメスティックバイオレンスなど、
貴湖の周囲では負の連鎖が次々と起こります。
それは読んでいて胸が苦しくなるほどです。
数年前、検診で訪れた歯科医の待合室で、
おそらく5~6歳の女の子が30代くらいの父親に、
いきなりスリッパでひっぱたかれた場面に遭遇したことがあります。
周囲が凍り付くほどのひどい仕打ちにその女の子は泣き声一つあげませんでした。
今思えば泣けばもっとひどい暴力を受けるからでしょう。
その子も52ヘルツのクジラだったのだと思います。
その時は何もできなかった私ですが、
もし次に52ヘルツのクジラたちの声が聞こえたら、
自分に何ができるだろうか、何がやれるだろうかと考えました。
【ほし太の日向ぼっこ】